暗闇の中のブランコ。

ロケット花火が夜空に爆ぜる。煙が漂っている。

家路につくひっそりした夜道で、祭りの縁日の明るさがまだ瞼の裏にある。水風船を持って笑っていた赤い着物の女の子。僕が今歩いている道は静かすぎる。


古びた蛸の滑り台。砂煙の中にくすんでみえる。


僕はずっと寝ていたくて、だからずっと寝ていた。色んなことを思った。形のあるようなこと、形のないようなこと。形のあることはありふれた概念であって、誰か人に伝えることもできた。形のないようなことは、それがあるのかないのかもよくわからず、自分が実際にそれを考えていたのか、考えていなかったのかもよくわからず、忘れてしまった夢のようなもので、なのに、そんなことについて考えたかったからこそ、僕は寝ていたのじゃないかとも思う。


この道は、過去に通ずる道。自分の、あるいは誰か他の人の、記憶に通ずる道。危険で、薄暗い道。昼下りの住宅街の、ブロック塀の曲がり角で、ふいに出くわす道。
「やっぱりね」と僕は思う。
「僕が薄々思っていたことは、間違いじゃなかった」
「やっぱりね」と白い肌の少年は言う。
「僕はここにいない」
僕はそれを垣間見るのだが、すぐに忘れる。そして忘れたということも忘れる。


すべては浅い眠りの中で見る幻想。一瞬の瞬きのうちにすべてが生起した。そして、消えていく。
コーヒーを一人で飲んでいるこの午前の一瞬。雨が降りそうだと思う。そして実際に降る。雨の匂いがする。シャツを着て、スーツに着替える。出かける時も弱い雨が降っている。地下鉄に乗っていく。そんな長い沈黙の間。


「あなたは不摂生のし過ぎですよ」と僕は言った。「そういうんじゃいけないと僕は思うようになったんです」
「よく言うよ」とKさんは言った。「でも僕もねえ、結構気を使っているんだよ」
「へえ、そうなんですか」
「毎朝この靴を履いてウォーキングをしてんの」
そう言ってKさんは足元の黒い靴を脱いで、持ち上げてみせた。Kさんは白い靴下を履いていた。
「これは何かいい靴っていうか、そういうものなんですか」
「いや、別に」
店員の女がコーヒーを持ってくる。僕は一口それを飲み、窓の外を見る。
「そういえばね、Nさんはどうしてるか知ってる?」Kさんが聞く。
「いや、誰のことも僕はそんなに知らないですね」雨が降りそうな気配がする。
「東京の知り合いとはあまり連絡を取る機会がなくて」