夜の黒猫

夜の影の中を、殆ど姿の見えない黒猫が横切る。

 

僕はずっとあなたに電話したかったんだよ。ごめんね。自分は弱い人間だから、自分に取って大切なものが何なのか、分からなくなっていたみたいだ。

今からでもまだ間に合うだろうか? 夜風は昔と同じ夜風だ。真っ暗な海に向き合えば、その時と同じ気持ちになる。いや、これはきっと同じ気持ちではないな。

 

地下の、どこか広々した、ドームのような空間で、大勢が騒いでいる、というような感覚。何かが始まるような、また、すでに何かが始まっているような。しかし僕は電車に乗っている。ひと気のない、緑色の座席の空いた車両。この声はどこから聞こえてくるのか? いや、これは声のようだが、声ではない。単なる熱気のようだが、熱気とも違う。激しい喧噪が過ぎ去った後の、人の気配だけが残った広場のようであるとも言える。

 

そこに立ってロングコー卜の男は言う。僕はこの男のことをあまり好きになれない。

「✕✕✕✕」

そうだな、と僕は思う。それは現代を生きる人の恐怖そのものだ。我々はみんなこうした恐怖に駆動されているのだ。一見、こうしたことは楽しい。輝かしい人生の一場面に見える。しかし、これは恐怖の表れだ。なぜ、どういう意味で恐怖だと言うのか?分からない。しかし、こうしたことは、夢の中にまで我々を追いかけてくるだろう。