脂肪
内臓
ペソ
脂肪
内臓
ペソ
〔A君がいる病室に私は言って、ベッドの中にいる彼としばらく話す。A君のことは子供の頃から知っていたけど、高校生になって、こんな風に自分が考えていることをまとめて話すのを聞いたのは、初めてだった。〕
……もし一つの部屋に生まれて、永遠にそこから出ず、生まれてから死ぬまでが、その内部で完結するとしたらどうですか。僕は何となく、それでちゃんと生きたことになるだろうかって、思ったんです。でも、一方で考えるなら、例えば人間の一生だって、会う人や知る人の数は、かなりの量とはいえ限られているわけで……。そうなると、まあ、極端な言い方ですけど、例えばエベレストのてっぺんまで登ったところで、ある意味、一つの空間というか、一つの世界の中に、引きこもっているという感じがするじゃないですか。そんなわけはないって、言われるでしょうけど、でもふと何となく、そういうことを思って……。それが別に僕の意見というわけではないんです。僕も、それは違うんじゃないかな、とは思うんですけど、どこかにその考えが引っかかって、何となく気になるというか……。それでもたぶん、どこか遠くへ出かけてきて、それで帰ってきた人がその経験について色々話してくれるなら、僕はきっと世界が広がったように感じるかもしれないし、自分だって、どこかに出かけてみたいと思うようになるかもしれない。それでもなんか、一人の人間が、その一人の体の中にいて、限りのある人生の中で、限りのある場所にしか行くことができず、思考も感情もやっぱり大きな広がりはあれ、どこかで限られたものではあって、その内部で始終する……。もちろん、人としての感覚からすれば、それは十分に喜ばしいことでしょうし、人として感じることのできる全部を、そうやって感じることができると思うんです。まあ、それはもちろん理屈の上でってことですけど……。でもそうだとしたって、何かが足りない。あまりにも限られている。一体、ここにあるものは何だろうって、思いませんか。本当に、これがすべてなのだろうか。あるいは、もっと別なものがあるんでしょうか。もしかすると、CDやレコードみたいに裏面があるとか。ゲームをひと通りクリアすると、次のステージが現れるみたいに? でも、そうだとしてもそれとは違った仕方で、僕たちが僕たちとして理解できるあり方とは違っているでしょうね。そんなこと、ありふれた戯論だなって思うんですけど、そんなふうに考えるともなしに思っていると、こうして、窓から街を眺めたりしているときに、何となく懐かしいような、寂しいような、切ない気持ちになってくるんですよね。こういう気持ちってあんまり人に話したことがなかったけど、こうやって口に出して言ってみると、昔から思っていたかもしれない。それこそ、本当に小さいころから……。そういうことって、ないでしょうか。
神様が知らない言葉で言う。xxxxxxxxxと。その声はぶつぶつとして聞きとれない。でも僕はそれが本当に懐かしくて、それが僕が本当にほしかったのものだとわかる。それを聞くまではそのことについて、まるで忘れていたし、知りもしなかったのだけれど、その不鮮明な言葉で呼びかけられたとき、まさにそれが僕が求めていたもののすべてだとわかる。それによってすべての謎が解けるのだと、そしてすべてが証明されるのだとわかる。それを僕はなんと呼ぶべきかわからない。暖かい雨のようであり、人通りのない夜の車道のようでもある。
それは巨大なジャンボジェットのようなものだった。みんなが積み荷をそこへ持ってゆき、まるでノアの箱船と言ったところだ。一人一人に会うことができたわけではないが、僕がこれまで見知った人たちはみんな、ここにいたのだろうと思う。これから僕たちは二度と戻らない旅へと出かけていくのだが、少しも寂しさや不安などはなく、ただ未来への純粋にわくわくとした気持ちしかないのだった。こんなにも希望だけを感じたことなど、これまで生きてきた中で誰も経験したことがないような感情で、それゆえに非現実的であり、怖いくらいだった。でも、その怖さは不安とは違っていた。僕たちは救われたのだ、と思った。それがどういう意味なのかは、わからなかったが。これまでにあったすべてのことが今では素晴らしく思え、今、何一つこの世界に欠けたものはない。
記憶の深部に流れる、冷たくてきれいで、緑にあふれ、静かなせせらぎを立てる川。そこには釣り人がいて、僕たちは橋の高いところから、そうした人たちがそこにいるのを眺めている。彼らの顔は識別できない。若者もいれば、年老いた人もいるのがわかる。彼らはこの川や、山での釣りということに慣れていて、動きは非常に自然でなめらかだ。まるで何匹かの鳥が空を渡っていくのを眺めるように、風景に溶け入っていた。
大きな荷物を持って、角島さんは彼女のアパートの玄関で柱に手をつき、今履いたばかりの靴を直している。そして僕のことを、上目を使って少しみた。そんな角島さんの表情や眼を、僕は何度かみたことがあるように思ったけれど、それがいつのことだったのか思い出せない。彼女の眼は僕に何かのメッセージを訴えているように思ったのに、それは不鮮明で、読みとることができなかった。彼女が部屋を出ていくとき、僕はもう二度と彼女に会うことはできないのでないかと思った。
(夢)それは何か、空に黄色い絵の具を使って、大きな絵を描く、というような印象のことだった。そうして絵が描かれるのは、僕が小さな頃に住んでいた団地のある街だった。僕の家族の部屋は、斜面の少し高いところにあって、山や坂に囲まれて盆地状になったその街と、その上の空を全部臨むことができた。窓辺で過ごしている昼下がりに、ヘリが遠くまで響く音声で何かを伝えながら飛んでいくのをみるとき、あるいは、その上空に飛行船が飛んで、その姿がさっきまではとても大きかったのに、今では嘘みたいに小さくなっているのをみたとき、僕はその空をとても広く、深いと思った。
青黒い顔が黒い水の水面から現れてくる。それは産まれたての人間のように、ぬめぬめとした膜に覆われているようにみえる。それは成人した男の顔だったが、女性的でおだやかな印象を受けた。眼と口はやすらかな眠りによって閉じられている。
その顔を月明かりの下でみたとき、僕は夜中の船の上にいて、海上ですべての明かりが消えていた。遠い海岸に街の灯りがみえる。その光はぼんやりとして眠たげで美しく、ここはまるで夢の中か、あるいは船の上にいる自分こそが、幻のようだと思えてくる。
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眠い。