連想1(心が経験すること)

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 後藤くんは赤い野球帽を後ろ前に被っている。バットを肩にかけて、いかにも野球少年という感じだ。前歯が欠けていて、笑顔になる度に目立つ。彼は友達と夕方、校庭の砂場に陣取って、宙返りのやり方を研究し合う。

 

「俺はね」とその電話の声は言う。僕は深夜、煌々と明かりのついたワンルームの自宅でその電話を受ける。話は途切れ、耳鳴りがするほど静かだ。脳裏に、両腕を投げ出し、驚いて見開かれた瞳孔のような渦の中心に向かって、飲み込まれていく男の像が浮かぶ。

 

 木の葉の重なってもさもさした雲のようなものが浮かび、自分を自分の力で絞り切るような必死さで、紫色の汁を汗のようにしたたらせる。その様はとても悲しく、すべての尊厳を剥奪された汚い中年の意地の強い男が、夜通し泣き咽んでいる、というような印象を受けるのだ。

 

 映画の中の窓を開けるシーン。どの映画かわからない。夢で見たのかもしれない。ただ、外国人が出てくる。フランスかイタリアか。少し濁った黄色い日光が眩しくて、僕はそのまま夢を見るように眠たい。気がつけば畳の上に寝転がっている。一昨日も昨日も飲みすぎたのだ。ずっと眠りが浅かったんだ、と会う人ごとに言っていた。こうしていると、何にもまして気持ちがいい。

 

大雨が降り、僕たちは夜のような暗さの中で傘をさす。さびれた観光街の狭い通路を手をつないでいそぐ。ひと気のないアーケードに入り、僕たちは立ち止まる。何を話すわけでもなく僕は思い出している。その前の晩、真っ暗な海辺へ歩いて行って、一人で立っていたことを。近くのコンビニで買った缶コーヒーが、握りしめた掌の中でずっと熱を持っていた。まるで、今そこにあるもののうちで、もっともその缶コーヒーこそがはっきりと、すべての中心となって重く存在していると、主張するみたいに。

 

5歳の頃の弟が闇の中に立っていて、手の中の小さな鈴を、僕に聞かせるようにそっと振っている。風に揺れるように規則的に、白い手首がひらひらと返される。

 

「しっ静かに」と押入れの隙間から半分と少しだけ顔を覗かせた少年が言う。一度激しく掻いた汗が引いたような、色の濃い肌の上で、小さく鋭い目が見つめている。思いもつかないところから急に声をかけられたのに、僕は少しも驚いていない自分を意外に思う。まるでその子はずっとそこにいて、空に雲が浮かんでいるのが当たり前のように、道に車が走っているのが当たり前のように、何の違和感も受けなかったのだ。

(死んでるってことは、きっとこんな感じではないかな)

 

殴りつけられたOくんは血を吐いて屈み込み、裾で口の端を拭った。それは夢だ。僕が殴ったんではない。でも、僕は思っている。ごめんよと。本当に、本当にごめん。それには何の価値もないことだけれど、僕自身が辛くて涙を流している。そんなことを思っている。脈絡もなく。

 

毎日、部屋を出るときに見ている茂み。今朝は猫がいた。こんなところに猫がいたのは初めてだ。写真をとってえりに送る。「まっしろだね」「めちゃくちゃこっちをみてるね」と彼女は返信してくる。茂みの奥の入れないところへ遠く歩いて行ったその猫を、僕はスマホのカメラをズームにして撮った。離れていても猫はじっとこっちをみていた。ズームで撮られた画像は生霊のように粗かった。

 

✳︎外国語のように母国語を書くことがどうのこうのとプルーストが言っていたのを、突然思い出した。あれ、違うかな。ドゥルーズかもしれない。