PXPXA

地面に浅く掘った穴に、足元から水が流れこんでいく。水は渦を巻いて穴の壁を削り、拡がった穴は水で一杯になる。水の隅に空が映る。そしてXX自身の影が映る。夢で見たような景色だと思うと、頭の血が冷たくなる。

 

それは夢ではない。映像も何もないから。ただ右へ左へ、前へ後ろへ、海流のように大きな流れが、渦が、大きく動いている。XXはそこにいる。XXは巻き込まれているようにも思う。でもそれを外から俯瞰しているようにも思う。流されている感触がある、というわけでもない。ただ渦があり、動きがあるということを、XXは知ってしまっている。そしてそれは宇宙全体をなぞらえているようだ、とも思う。それは目の前にあることの観測がそう思わせるのではない。考えが流れ込んでくる。

 

PXPXAが朝目覚めたとき、すべてがQになっていることに気づく。

 

PXPXAはXAXと喫茶店にいた。XAXは何かを喋っていた。彼は交友関係が広く、PXPXAが聞いたことのないような作家との関係について話していた。雨が朝から降っていた。PXPXAは雨のことについて考えていた。XAXの話に相槌を打ちながら、雨の街の風景が脳裏に流れていく。そこは道の狭く入りくんだ住宅街で、半透明の雨よけの下に一台の車があり、無造作に置かれた鉢植えがいくつかあり、白い猫がじっと立っている。表の道で赤い車が停まり、中から知り合いらしき男がPXPXAに手を上げて何かを言う。男はSALLと名乗り、その時の姿が永遠にPXPXAの脳裏に焼きついた。

 

「ピストル」

 そう、誰かが拳銃で打たれて、その打たれた男は打った男の肩に立ったまま頭を凭せかけ、諭すようにその頭蓋と皮膚や髪の熱と臭いを伝えて、やがて道に倒れて死ぬ。

 

ね、僕たちはこうありたいものだ。そうだね、僕たちはこうありたいものだ。そうだね、僕たちはこうありたいものだ。そうだね、僕たちはこうありたいものだ。

こうであってこそだ。

 

PXPXAの口の中は血だらけだ。修復しがたいほどに口蓋がぐちゃぐちゃになってしまったのだ。噴き出した血が池のようになって喉に詰まり、息ができない。歯医者にいるように仰向けになり、SALLの無骨な両手が口をこじ開けようとするに任せている。

 

自死について考えることは何度もあったけれども、そうして考えることの質が変化していることにも気づく。自殺という観念はじくじくとしている。それは実際に人を死に至らしめる痛みとは遠くても、日常を激しく蝕む。それは反復する原風景のようなものだ。荒涼とした景色に僕は連れさられる。その観念は二者択一の行為を迫るものではなくて空間である。個々人のための精神の最果てが存在している。それは行き止まりの部屋で、一人一人の死のために厚いコンクリートの壁でできた小さなワンルームが用意されている。そこで永遠に近い時間、孤独に自分自身を貪り続けるのだ。

雪の結晶 眩しい夜道の光

鍋の中でお湯の沸く 磁石はくっつく

夜の間は死体 夢で風船になった

朝は雨が降る

一杯の人たちが横切っていく

道は封鎖されている

「酔っぱらい」

小さな袋に入っている くわがた

ズルをして持って帰った

何か 喉がかわく 風鈴 ペットボトル

影 「終わった」 閉じる 自転車で行く 大きい深い穴を見る

「初めて見た」

「何が?」

「忘れてた」

「痛い」

「手が痛い」

車椅子 唾液 幻 疾走

どこまでもいく

サッカーゴールのある風景。夕暮れに子供たちが遊んでいる。空は真っ赤で、辺りは血のように黒く赤い。みんな自分たちがどこにいるのか、すぐそこにいるのが誰なのか、わからないほど影に溶けている。ある少年がサッカーボールの上に片足をついて立っている。そして誰かの名前を呼ぶ。

 

その森の木々はとても背が高い。辺りはとても冷たいけれど、寒くは感じない。湿度が高く、喉の奥が潤って感じる。見上げていると、空は白い。風が吹いて木々が揺れる。

飛び去る蝶を 両手で追いかける

その靴音がうるさくて 眠りを覚ます恐いやつ

 

黄色い雨がっぱを着て 彼は雨の中で口をむすぶ

つぼみがぱっと赤くはぜる

誰かが黒板に落書きをしていく

電話が鳴り響く

 

投げ出された腕

雷鳴

嵐の海の光

何か、木の板のようなものに捕まって、

僕は海の波に飲まれている

ここはどれほど沖なのか

こうしていることは危険なのか、そうでないのかわからない

板の浮力で浮き上がり、空と海をみる

そしてまた真っ暗なものの中に沈んでいく



太陽の光が斜めに差し込む部屋で

黒いかたまりと出会う

そのかたまりは僕に

小さい頃に聞いた何かのおとぎ話を思い出させる

何の話というのじゃなく、ただ何となく薄暗くて

物悲しくて、懐かしい

そこに向けて重力が働くように

黒いかたまりはそこにいて

僕はここでそれに出会うべきではないと思うのだけど

それでもどこか

嬉しいと感じている



身体がばらばらになる

爆笑

静かにしろ

誰かが走っていく

 電話がかかってきたときから、嫌だった。電話がかかってくると大抵嫌な予感がした。しかし今回のことでは驚いた。なぜ◯◯がくるのか?

「上がってきてください」

 と僕は言ったが、正直別にきてほしくなかった。一人でいたい気分だった。

 それに、上がってきてもらうなどということは無理だ。僕は階段を降りて行った。玄関のドアのすりガラスの向こうに、〇〇のシルエットが立っていた。

「どうしたんですか、こんなとこまで」

 僕はそう言って笑った。

「いや、なんかさあ、変だと思ってさ」

 僕は〇〇の目の焦点が少し変だと思った。夕方で辺りが金色だった。

「何がですか?」

「いや、朝起きたときにさ」

 言いながら〇〇は何かを見つけたように足元を見た。僕もそこを見たが何もなかった。蟻も這っていない。ただのタイルだった。

「めざまし時計が鳴って」

「うん」

「すごいうるさかったわけ」

「はい」

「いつもこんなうるさいわけないのになーって」

「で、やっぱちょっと変なんじゃねーかと思ったら、テレビが映ってて」

「テレビだよ? うちって、別に朝自動でついたりしないからさ」

「いやこれ夢かな?と思ったんだけど、ジャンプしたりさ、してみたんだけど、あ、これ夢じゃねーやって」

「気づいたんだよね。で、テレビみたら大写しで」

「君が映ってたからさ。あれ、これダメじゃねって。これダメなやつじゃね?って思ったわけよ。死んでんじゃんって。うわーこれはないわーというかなんというか、にわかには?信じがたかったわけよ」

「で、確かめなきゃと思って、急いできたんだけど、なんか元気そうだね」

「うん、はい」

「なんともないわけ?」

「うん、はい。別に」

 僕は証明するようにその場で軽く跳ねた。

「じゃあなんなん、あれ」

「あれってなんです?」

「えっ、知らんの?」

「ああ、いや、知ってます」

「なんなの、どうしたの?」

「あの凍ってるやつですよね」

「凍ってるっていうか、うーん、なんだ、あれ? 青い感じの映像っていうか、なんか、水中みたいな?」

「いや、別にあれは水中じゃないっすよ。めちゃくちゃ冷たいだけで」

「いや、というかさ、別に水中かどうかはどうでもいいわけ。だってわからんでしょ? どっちにしてもさ」

 〇〇はだんだんテンションが高くなってきていた。

「だってこっちとしては、それ以上に衝撃が大きいわけよ。だって全国ネットでさ、十数年来の友達がさ、え、死んでね??みたいな。なんか、よくわからん、水中にみたいな所にいるし」

「なんか内蔵みたいなん出てますしね」

「そうそう。ね、みた? なんかこれ、うわっ、きもっ、みたいな。てかさあ、あれは何? どういう状況だったわけ?」

「いやだから別に、あれはなんでもないんですよ」

「なんでもないことないだろ、映像になってんだから、ああいう事態は生じてるわけだろ?」

「いや、だから生じてないですよ」

「は? 何で?」

「だからあれは夢だからですよ」

 と、僕がそう言った瞬間、〇〇は玄関先から消えていた。僕は金色の夕日が照らす玄関に立っていた。

 という夢を見て僕は飛び起きた。