郵便受けみたいなとこからしわしわの手が出てきて、何かを求めるように虫みたいに動きまくっている。僕は、「昨日、でかい蛇が庭に出る夢をみた。懐中電灯で草むらのそいつを照らした」と書いてある紙を持っていて、それを丸めてその手に渡す。手は満足して帰って行った。

 

ジローくんはシマウマになってしまい、あまりにも取り返しがつかないので、朝からクラスで泣いている。

シマウマになったと言っても、形は人間のままなのだが、体にはサッカーのユニフォームのように縞がある。

それから彼はひとりぼっちで給食を食べるようになった。

それから彼はひとりぼっちで給食を食べるようになった。

 神様が知らない言葉で言う。xxxxxxxxxと。その声はぶつぶつとして聞きとれない。でも僕はそれが本当に懐かしくて、それが僕が本当にほしかったのものだとわかる。それを聞くまではそのことについて、まるで忘れていたし、知りもしなかったのだけれど、その不鮮明な言葉で呼びかけられたとき、まさにそれが僕が求めていたもののすべてだとわかる。それによってすべての謎が解けるのだと、そしてすべてが証明されるのだとわかる。それを僕はなんと呼ぶべきかわからない。暖かい雨のようであり、人通りのない夜の車道のようでもある。

 

  それは巨大なジャンボジェットのようなものだった。みんなが積み荷をそこへ持ってゆき、まるでノアの箱船と言ったところだ。一人一人に会うことができたわけではないが、僕がこれまで見知った人たちはみんな、ここにいたのだろうと思う。これから僕たちは二度と戻らない旅へと出かけていくのだが、少しも寂しさや不安などはなく、ただ未来への純粋にわくわくとした気持ちしかないのだった。こんなにも希望だけを感じたことなど、これまで生きてきた中で誰も経験したことがないような感情で、それゆえに非現実的であり、怖いくらいだった。でも、その怖さは不安とは違っていた。僕たちは救われたのだ、と思った。それがどういう意味なのかは、わからなかったが。これまでにあったすべてのことが今では素晴らしく思え、今、何一つこの世界に欠けたものはない。

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逃げろ

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逃げるんだ



 記憶の深部に流れる、冷たくてきれいで、緑にあふれ、静かなせせらぎを立てる川。そこには釣り人がいて、僕たちは橋の高いところから、そうした人たちがそこにいるのを眺めている。彼らの顔は識別できない。若者もいれば、年老いた人もいるのがわかる。彼らはこの川や、山での釣りということに慣れていて、動きは非常に自然でなめらかだ。まるで何匹かの鳥が空を渡っていくのを眺めるように、風景に溶け入っていた。

 

 大きな荷物を持って、角島さんは彼女のアパートの玄関で柱に手をつき、今履いたばかりの靴を直している。そして僕のことを、上目を使って少しみた。そんな角島さんの表情や眼を、僕は何度かみたことがあるように思ったけれど、それがいつのことだったのか思い出せない。彼女の眼は僕に何かのメッセージを訴えているように思ったのに、それは不鮮明で、読みとることができなかった。彼女が部屋を出ていくとき、僕はもう二度と彼女に会うことはできないのでないかと思った。

 

 (夢)それは何か、空に黄色い絵の具を使って、大きな絵を描く、というような印象のことだった。そうして絵が描かれるのは、僕が小さな頃に住んでいた団地のある街だった。僕の家族の部屋は、斜面の少し高いところにあって、山や坂に囲まれて盆地状になったその街と、その上の空を全部臨むことができた。窓辺で過ごしている昼下がりに、ヘリが遠くまで響く音声で何かを伝えながら飛んでいくのをみるとき、あるいは、その上空に飛行船が飛んで、その姿がさっきまではとても大きかったのに、今では嘘みたいに小さくなっているのをみたとき、僕はその空をとても広く、深いと思った。

 

 青黒い顔が黒い水の水面から現れてくる。それは産まれたての人間のように、ぬめぬめとした膜に覆われているようにみえる。それは成人した男の顔だったが、女性的でおだやかな印象を受けた。眼と口はやすらかな眠りによって閉じられている。

 その顔を月明かりの下でみたとき、僕は夜中の船の上にいて、海上ですべての明かりが消えていた。遠い海岸に街の灯りがみえる。その光はぼんやりとして眠たげで美しく、ここはまるで夢の中か、あるいは船の上にいる自分こそが、幻のようだと思えてくる。

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手を上げて話す少年

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街に雨が降る

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支配される

 

 輪島。インコ。車。動物園。芝生。パーキングエリア。でたらめ。継続。実行。数値。破壊。めんたいこ。コブラビームスドラクエローリエ。プーマ。ジグゾーパズル。おっとせい。ビスケット。人望。名声。裏庭。トイレットペーパー。グラタン。脳みそ。餌。海。海水浴。ホルモン。ホルマリン。えんどう豆。赤い花。何だこれ。先生呼んできて。縞。お家。兎小屋。夏休み。トンネル。あんこう鍋。野外学習で泊まる。カラスの昔話。餌やり。人事異動。ハッピーセット。酔っ払い。おい。名前。なんか漠然と呼ばれる感じがする。イタリア。風船。トランプ。大統領。謎かけ。禅僧。これはすごいおいしい。パン。ふりかけ。牡蠣。蝸牛管。最低限これだけは知っておきたい。夫婦。おくら。テトラポットアテネ。判子。暴走族。お風呂。電話がかかってくる。はい。もしもし。

 

 眠い。

グラウンドの砂の上に何度も頭を打ちつける。上から靴で足踏にされていて、まるで人間を扱う様ではなく容赦がない。あまりにも激しい圧迫されるような痛み、時間が止まるような痛みによって、僕は今という時間を失っていく。頭蓋骨が砕け散って、破裂した風船のように血を撒き散らせるビジョンが浮かんでくる。

 

「すべての事柄は幼少期のある一点において与えられており、そこから先の物事は何もかも、その始まりに内在する物事の帰結として現れるに過ぎません」

「しかし、あらゆる瞬間がまた別の瞬間のための原因でもあるわけです。それは必ずしも因果ということを意味しない。むしろ夢のように無秩序に交錯するイメージでさえ、やはりそうした成り立ちを持っているということ。こうした展開には何の意図もないのだけれど、しかし生き物の成長のように、非常に整然と行われていく」

 

 誰かが僕の喉をつかみ首を絞める。その感覚を僕は非常に生々しく感じる。その手は、冬の夜の地中に長く眠っていたために芯から冷たく、紫がかって腐敗しているのにも関わらず、極めて強い力を持っていた。それは本能的な、確信や憎しみのこもった力でありながら、それでいて誰か特定の対象に狙いを定めたわけでもない、盲目的な力でもあった。