布団にいるとき、目の裏でパーっと、赤い網みたいなものとか、色んな形や色がみえること
玄関を出たら陽が眩しくて、妙に懐かしいこと
随分遠くにきたな、と思うこと
風景の裏に灰色の風景が浮かぶこと
彼がバーでビールのタンブラーを持っていて、こっちを向いて笑っていること(それが、「意味がない」となぜか思う)
「あなたにとって私は誰でもない」
思考より言葉が先に出て、思考がそれについてとぼとぼ歩く、みたいなこと
赤ちゃんが背中に紐をつけて、車輪のついたプラスチックの湯船を引いて運んでいる。それは自分だ
たとえば何度も思い出す
子供の頃、夜のホテルでふと目が覚めて見た
ゲレンデをならす車の、オレンジ色の光
また、トンネルのオレンジ色の照明を通るのが好きで
車の窓に途切れてぶつぎれになった光の中で
ふざけていたこと
キャンプ場の細い道。誰か人が立っていそうでいない道
そうした記憶があることの意味
それが何かのメッセージのように、繰り返し思い出されること
ある言葉が繰り返し反復されて、そのつど意味を変えていくように
ある、それ自体には意味のない風景が繰り返されて、
また別の、意味ではない意味をつたえる
それは一人の人が、その人ではなく人であることの意味で、
時に極めて残酷な現実がそれを打ち砕いて
悲しく宙にただよう
最もあやふやなものこそが自分で、
ここにいるのは影のようなもの
それで拳を握ったりひらいたりして
感心したり、喜んだり、怒ったり、同情したり、憂鬱になったりしている
それもまた真実なのだけど
まるですべてが演技であることを忘れた演技のようでもある
死んでいることを忘れた死んでいる人のようでもあり
生きていることを忘れた生きている人のようでもある
ベランダで陽の光の下の植物が、はっとわれに返るようなこと
きっと植物も何かを思い出すだろうこと