鉄筋コンクリートの部屋。壁は冷たくて硬く、大きな箱のような部屋だった。間接照明だけがついていて、ロックグラスでウィスキーが飲まれている。殺風景な部屋だ。模様のない灰色のカーペットが敷かれ、二人用の簡素なテーブルに椅子が二脚。横になれる大きさのソファがあり、私はそこに横たわっていた。薄い背の高い本棚に文庫本の小説が色々並んでいる。その本棚の一部にはキャンドルがあり、お香があり、DVDがあり、ウィスキーの瓶がある。酔っていると憂鬱が少し薄れる気がした。割れるような、激しい、苦痛な憂鬱。誰しもこういうものなのだろうかと思うが、耐えがたい。何年か前に、これも激しい二日酔いで目覚めて、それほど親しいわけではない知人の部屋においてあった聖書を眺めていると、涙が出てきたこと。それはくだらない自己憐憫だと思うと、さらに底が抜けるように暗く感じた。何もかもなくなるような気がした。過去という時間が、消え去ってしまって、記憶があるとしても、砂のように味がしない。自分は変わってしまったのか、あるいは、元々、無だったのだ。人生全体が冷たい無味乾燥な部屋にただ閉じ込めれられている拷問のようだ。
今のあなたを見ていると暗くて怖くなってくる、という言葉を思い出した。それは呪詛のように感じた。でも、自分が何を求めているのかもわからない。ずっと二日酔いの感覚のままでいるようなものだ。しかし、なぜお前は、お前が恐れているという、ただそれだけの、自分だけの感覚で、俺の考えを、苦しさを、覆い被せようとするのだろう。お前が苦しいと、そんなことを言って何になる? 知ったことか。だから何だというんだ。底なしの煩悶に苦しんでいるときに。ただ、客観的に見れば自分は馬鹿だし、危ないだけのやつだ。ただ、彼女のことを思うと憎しみが湧いてくる。
夜中にうなされて目が覚めると、全く同じ景観が広がっている。闇の中にグロテスクな図像が展開していくように見えた。それは言葉で上手く説明できないし、絵に描くこともできない。剥き出しの内蔵のようでありながら、ステンドグラスのように幾何学的でもあり、悪魔的でありながら、神秘的でもあった。考えるのを必死にやめようとしても、考えが止まらない。苦しい思いを振り切ると、妙に神秘的な考えに行き当たり、涙が出てきては、また暗い考えに戻った。
普段出ていない授業に出ようと思って講堂へ行くと、席で時間まで待っていても誰もこない。ドアのところへ出ていくと知らない学生が立っていて、
「今日は休講らしいですよ」
「そうなんですか。間違っちゃったな。普段出ていないから」
「僕もそうで、今、友達に聞いて分かったんです」
講堂を出ていくと、木の周りのベンチに知り合いがいて、私は呼ばれて、その仲間に加わった。色々と話していると、苦しさが緩んできた。
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こういう話を書いたんですよ。で、いつものように妻に読んでもらったんです。それはムクドリの話でした。書いているときは、ムクドリという名前を意識していたわけではないけど、でも、そうらしい。屋根の上にたくさんその小さい鳥がいるんです。で、下の方から二人がそれを見つける。ちょっと待ってて、と言って、その背の低いビルの中へ青年が入っていく。その人は、その街で生まれ育ったから、ビルの部外者でも屋上まで昇れると知っていたんです。夕暮れ空の下で彼女は待っている。結構、待っている時間が長い。待っている時間に、その郊外の、何もない空き地みたいなところを、ずーっと描写していく。車が遠くを走ったり、背の高い雑草がフェンスの下でそよいだり、雲が赤かったり、蜂がすぐそばを飛んでいくように思ったり。そのうち、屋上のドアから男が出てきて、ちゃんと狙い通り、鳥たちを驚かすことに成功する。すると空にムクドリの群れが、パーっと飛び上がって、鳴き声を降らせながら、彼女の頭上を旋回するように飛んでいくんです。これは確かにちょっと見物というか、暮れていく空の下でどこか印象的な眺めなんです。で、男が建物を降りてくるときには、もう辺りがすっかり暗くなっていて、蛍光灯の明かりはあるけど、二人とも体が闇の中に半分以上沈み込んでいるんです。