ある男がいて、僕はその時夜の公園のベンチに座っていたのだが、男はスーツを着ていて、胸の辺りを僕の両膝の上に乗せてうつ伏せで寝ていた。彼は少しも動かず、また大して重くもなかったために、何か大きな袋のような印象を僕に与えた。

季節は夏で、夜は過ごしやすい穏やかな涼しさだった。ベンチからは海が見え、遠くに工場の明かりが見え、波と船のエンジン音が聞こえていた。




息を吸って吐く。僕は酔っ払ってタクシーに乗っている。酔ってタクシーに乗って俯いている僕を、別の視点から僕は見ている。僕は悪い夢をみている。それは僕が宇宙船に乗っていて、その中で影のような男が現れ、その男と向き合ううち、宇宙船もろとも世界が崩壊する危険を感じている夢だった。雨がものすごく強く降っていて、窓をざぶざぶと洗っているみたいだった。


深夜の道路で道は低くなりトンネルになっている。月明かりしかなく道が暗くて、それなのに静かな走行音を立てながら周りの車と一緒にそのトンネルへ入っていく。少し進んだだけで右も左もわからないほど真っ暗になる。周囲に基準となるものがなくなるため、どの程度の速さで進んでいるのかもわからなくなる。僕はこの車がゆっくり下へ向かって落ちていっているのではないか、と思う。まるで海底に沈んでいくように。

しかしそれは夢で、目が覚めると僕は夏の海にいて、浮き輪につかまって少し沖の方へきているところだった。そして向こうには砂浜にたくさんの人影やパラソル、車などが見えた。じっと僕が空を見ていると、下の方から人影が出てきて、それは女性で、髪を束ねて黄色い水着を着ていた。それはSで、僕があまりにも帰ってこないので心配になって見にきた、と言った。みんなはもう上がって、少し離れたところでビールを飲み始めているんだ、と言った。女の子はみんなあまり海に入らなくて、わたしは泳ぎたかったから一人でバシャバシャやっていたんだ、と言った。ビーチの奥の方の沖で、何か魚を見つけた、みたいな話をしていた。

僕は丁度喉が渇いたから、ビールを飲みたいと言った。こんな感じのときにビールなんて飲んだら、ぐっと回っちゃうだろうね、と言った。それで、今日で何日ここにいるんだっけ、と僕は聞いた。

変なの、とSは言った。わたしたちは今朝早くここにきたばかりで、これから一泊するんだ、と言った。

そして僕たちは砂浜の方まで泳いで行って、同じ仕事場の岡田や山下といったやつと適当なものをつまんでビールを飲んだ。かなり早い時間にベットで眠ってしまった。ホテルの近くで猫がうろうろしていたのを覚えている。






猫がボールを投げたり、キャッチしたりする。そしてより大きな緑色のボールに飛びのって、バランスを取ったりする。猫はボールの上で器用に、最初は両手で、やがて片手で小さな球をくるくるとお手玉する。それは見たことがないCMで、僕はそれを眺めながらキリンビールの小瓶を注いだ小さいグラスから飲む。僕は浴衣を着ていて、近くの窓からは岩がちの海がやや下の方に見える。僕はすでに割と酔っていて、眠くなってきていた。部屋の畳の隅で、進藤が脚を投げ出して何を話すわけでもなくゲームをしている。わっと脅かすように、後ろから岡田が僕の方をつかんで、何を陰気にやってんだよ、と言う。彼らは別の部屋で卓球をしていて、まだゲームの最中だが、彼はタオルを取りにきた、と言って自分の鞄を探していた。僕はすごく眠いんだ、と言った。海から戻ってくると、妙に疲れていて何もする気にならなかったのだった。僕は窓の方に寄って行って、崖のようになった黒い岩場をみた。子供づれの家族がそこを歩いているのがミニチュア状に見えて、男の子の帽子が吹き飛んで海の方へ落ちていった。声は聞こえなかったけれど、お父さんもお母さんも慌てて、残念がってるのがわかった。

岡田くん、と僕は呼んだ。俺も1ゲームやろうかな?

行こうぜ、と彼は言って、壁の柱に手をかけて靴を履きながらこっちを見た。

やっぱやめとくわ、気が変わった、と僕は言って笑った。何だよ、と彼も笑って、部屋を出て行った。




夢の中に出てきた、危ない感じの真っ黒な男は言った。…僕はパンを食べる。僕は銃殺される。僕は磔刑に処される。僕は金魚が養殖されている生簀と生簀の間に立って緑の水面を眺める。僕は居酒屋で新鮮な刺身を食ってうまいと言う。僕は車に乗っているときに後部座席を振り返らないまましりとりに応じる。僕は親戚の子供に昔話をして、ヨーロッパのどこかしらの国の失われた財宝についてのでまかせの話をする。僕は彼女と旅先のホテルに行って、彼女の腰を抱いて立ったままでキスをする。僕は青いテレキャスターを弾いて屈んでマーシャルアンプのチャンネルを替えてゲインをいじる。


僕は高層ビルのエレベーターに乗っていて、地元の高校で一緒だった竜崎がいきなり向こうから入ってきたのに気づいて驚く。向こうは気づいていなくて結局その日は話さなかったが、2,3日してまた会って、その日は夜飲みにまで行った。そしてやまてぃーと呼ばれていた2年のときに同じクラスだった、あまり面識のない男が死んでしまった話を聞いた。僕が仕事をもうやめることが決まっていて、地元に帰ろうと思っていると言うと、俺は出てきたばっかなのに残念、と竜崎は言った。竜崎と僕は高校の時は仲がよかったが、その後疎遠になっていて、しかしこうしてまた会ってみるとやはり馬が合って、飲めるならまた飲みに行きたいと思った。竜崎は酔うと道でナンパをし始めて、僕を巻き込もうとした。いや、こういうのはやめてるんだ、真面目になるんだよ、と僕は言った。そして今の彼女と結婚しようと思っていることなどを説明した。竜崎は何か反論してくるかと思ったが、案外そうかー、と言って、何か感じ入っている風で、本当にあんまり遊べなくなるね、と言った。別にそんなことないだろ、と僕は言った。色々できることはあると思うし、と。例えば?と竜崎は聞いた。例えば…、釣りとか? お前、釣りするん? いや、全然しないけど。 はは、なんか、じじいみたい、と竜崎は言った。わかった、じゃあ今度は釣りをしよう、と彼は言った。具体的にどうこうする予定を決めはせずに、僕たちはその日は別れた。僕は、何年かのうちには、実際釣りは行ってみたいな、と思った。別に、必ずしも竜崎でなくてもいいけど。僕はなぜが月が大きく出た夜の釣り場を想像しながらタクシーに乗っていた。