「待ってください、なぜF2という呼称が出てきたんですか?」
 僕たちは車に乗っている。窓の向こうは風の黄色い工場や倉庫のようで、何度も道を曲がって似たような景色を繰り返す。生田さんは少し髪が長く、短い口髭が生えていて、意地悪くさぐるような、それでいてどこかコミカルな一重の目をしており、顎は細い。彼は後部座席の右側にいて、始終天井の捕まるやつに猿みたいに腕をぶらさげている。F2とは僕がいた会社の部署の略称であり、外部の人がそれを知っているのは不自然だった。
 彼は僕の元いた会社で偽名を使って働いていた。彼は僕が働き始める前にすでに退社をしていて、僕はだから我々が知り合ったのかと思う。その言葉を聞くや、僕は過去の記憶をすでに探り始めて、確かに生田と呼ばれる人についてどこかで誰かが話すのを聞いたことがあるかもしれない、と思いかけていたが、それは単に僕自身の記憶の造形作用で、彼はすぐに言った、その時は生田という名前では働いていなかったということを。「生田耕一名義で作ったものを、彼らに今売っていきたいと思う」と彼は言う。彼らとは僕らが勤めた会社のことで、そして彼のその言い方には、僕にその販売の計画に加わってほしいという意味、また僕はすでにそれに巻き込まれてしまっている、という意味が、暗に込められているのに気づいていた。