日記

ひらすら自分の考えを書いていく。この狂おしい気持ちを表現する。

 

生きざまを見せるしかない。脳内だけの夢幻の世界。自分でも訳の分からない思想。エモーション。異様な興奮。漠然とした、怖いような幸福感。

これでやっていくしかない。他の生き方などできるわけもない。他のことに関しては、自分で自分を信用できない。どんなことでも投げ出してしまうだろう。でも、作品をつくることだけはやめないだろう。

 

一体それで、何が問題だというのか?

 

何で苦しむかといえば、芸術ができていないから、の一点に尽きる。

一体、理屈の上で、他に苦しみの源泉があるとしたら何だろう。金がなくたっていい。人がいなくたっていい。他人の軽蔑はつらいな。僕は具体的な他人もこわく、また心の中にある一般的な他人もこわい。結構苦しめられている。それを掻き消すために走る。走りまくる。それですっかり健康体になってしまった。走るのはやめないだろう。不安はがんがん襲ってくる。それで身近な人を傷つけたり、人の不信をかったりしてしまう。でもしょうがない。そういう浮き沈みの中から書いていくしかない。畜生。クソみたいに重苦しい。哄笑。憂鬱の中から爆発する笑い。飲み屋で話しすぎて後悔すること。激しい二日酔いのような後悔。はあ、苦しい。本当は、前にも後ろにも進んじゃいないのだが。陽は燦々としている。めちゃくちゃ暑い。汗ぐっしょりになっている。知らず知らず、歩きすぎて。

 

決然とした、英雄めいた、何か真実を悟ったような、まるで別の人間、真実の人間になってはじめてこの地上に立ったというような、この気持ちは何だろう。ある種の文学では、しばしばこうした気持ちに出会う。名前のない感情。名づけ得ない感情。そういうことについて話すと、自分でも馬鹿らしくなるほど、話が抽象的になってしまう。それでも何か、あると思うな。

明らかに心に病を抱えている人が、大抵誰にも読まれない、ぶつ切れの日記のようなブログの中で、そんな感情を表現していると思うことが、何度かあった。

狂気が大事というわけではなく、重要なのは生きることで、こうした感情については、ねばり強く考えていくしかないのだと思う。健康を保ちながら。