2018年6月23日の無題

 その日は一日中部屋で音楽を聴いていた。病気と疑われるほど暗くした部屋で。繰り返し聴いていたら、夕方になっていた。じっと籠っていたせいで感覚が変で、自分のことを幽霊みたいなだな、と思って川沿いの緑道を歩いていた。暮れていく空はこわいような赤だった。僕はこういう景色をこれからの人生で何度も思い出すんじゃないかな、と思った。そして彼女のことを思い出した。飛行場で大きな荷物に手をそえて立っている彼女。少年みたいな深い紺色のキャップをかぶっている。その帽子をはずすと、さらさらした髪を揺らす。僕の髪は固いからああはならないな。帽子をかぶっても形がつかないほど、しなやかな髪なのか。いや、待てよ、そもそもなぜ帽子をかぶっていたのか? 飛行機の中で帽子をかぶっているわけがないしな。考えていると笑えてきた。帽子を見せたかったんだろうか? すごく気に入ったから? それで帽子をずっと持って席に座っていたのだとしたら、あまりにもかわいい行動じゃないか。そうではないかもしれない。でもそうだったらいいな、と思った。そんなことを考えながらも、時折ひととすれ違う夕暮れの道を歩いていると、急に気分が塞いでくるのを感じるのだった。あんまりうじうじしてちゃいけないぜ、と自分に言うのだが……。それから家に帰ると家族は食事をすませて、母は台所で洗い物をしていた。兄弟たちはみんな自分の部屋に引っ込んでいるようだった。僕は中身の少なくなった大皿から肉じゃがをよそって食べる。頭が痛くなってくるほど憂鬱で、一体なぜなんだろうと思っていた。