連想2

 冬の暖かい居間の絨毯に尻をついて座って、その子はポテトチップスを食べている。絨毯は深い赤色で、夜のように深い青に星空のような刺繍が入っている。身のまわりには長いヘビのぬいぐるみが、くつろぎ切ったように寝ている。滑車がついて紐で引くことのできるおもちゃ箱が、刺繍の模様の規則性に反して斜めにじっとしている。

 その時、夜のその部屋は明るかった。でも彼女はもっと暗いこの部屋のことを思い浮かべていた。魔法使いのミッキーマウスが出てくる映画の中で、杖をふると跳ねまわる鮮やかな色彩の光が、現実に伝染するようにして、部屋中の壁や床を、夢みるように色づけた。

 その景色の幸せのせいで、明かりのついた別の時間の部屋にいても、その暗さがこの瞬間に戻ってくるようだった。本当に、絨毯の上に薄い膜のような、幽霊の気配にも似た光が、ひらめいているように感じられた。

 

 水平線だけが映し出されたテレビを薄暗い部屋でみている。

 気配だけの人間がそれを遮るように立ち、僕は番組をみているのに鬱陶しいと思う。

 目に見えないながらに、そいつが笑っているように思うというか、笑っていることがわかる。

 その笑いは僕への嘲弄ではない。むしろ彼は僕の歓心を買いたいと思っていて、彼自身が面白いと思っていることを、僕が面白いと言って笑ってくれることを暗に求めているように、笑っているのだった。

 僕は他人のそうした態度が好きではないので、ソファにじっと座ったままむっつりと口を結んでいる。男はやがて楽しそうに両腕を広げて(そんな気配をさせて)宙に溶けて消えた。

 僕はベランダに出て、そこに置かれた小さなプランターの葉に、霧雨のあつまったような、清潔な感じのする雨つぶがきらめいているのを見つける。

 細かく人の手が加えられていることのわかる、その植物についてだけでなく、この部屋にまつわるすべてのことに、ゆき届いた生活への配慮が、それこそ神の手によるかのように施されていることに、今になって気づく。

  

  眠っているうちに、その地下鉄は車庫に入ってしまったようだ。こんなにも暗い密閉された空間は、人の立ち入っていい場所ではない。

 ここから出られるとか出られないとか、そういう問題や不安よりも先に、僕はもうそのくびきを超えてしまったのだと、信仰の確信のように強く思う。

 僕はもうこれまで自分が属してきた現実のすべてを離れ、そしてもう二度と戻ってくることがないのだ。そう思うと自然と涙がこぼれてきそうなほど切なく、悲しかった。しかし心の底では地底の冷たい水がきらめくように、冷静な感情があり、心のその場所では僕は、こうして決別する現実に何の未練も感じていないのだった。僕は自分のそうした感情をごく親しいものとして知っており、そのため今この瞬間に込み上げてくる人間らしい現世への愛着の方を、自分自身の事柄としては意外に感じているほどだった。

  

  今ではこの国で誰もが知るほど有名な作家が、まだいくつかの作品を雑誌に発表する程度で、収入も認知も低く、ましてのちの日の成功の運命、またその自死の運命を知ることもなかった頃、小さな木造の家の二階の、狭い畳の部屋の小机で、原稿用紙に向かって作品か手紙かの文章をつづっていた。窓は開け放たれていて、湿った風が吹きこんだ。その風はまだ夏の気配を引きづり、土の匂い雨の匂いを運んできた。空では遠く夢の中の音のようなエンジン音を立てながら、小さくみえる飛行機が銀色の腹を光らせていた。厚みに変化の多い雲を透かして、まだらに太陽の光が感じられる。眩しく、ちかちかした。雲をぬけてさらに高く昇れば、そこには雨も曇りもない雲と太陽だけの世界がある。ずっと昔に空想された天上に限りなく似たその世界が、雲の層の向こう側にはあるのだ。