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ハイになったりローになったり

2016.9.8

朝に電車へ乗って遠くへ行くときにもあの苦しいような気持ちを感じる。これは重苦しくて、でも快楽もあるような気持ち。長い時間を通じて死につながっている今のことを思う。完全にひとりきり。篭りきりのこだわり。何かを思い出そうとしているが記憶が確かな像を作り出さない。ただ過去に向かっている気分だけが先行しているというような。でもそれはだからこそ確かな内面だ。風景が、何かを、思い出させることをしない、でも、私は、光の下にいる。

そして何か伝えたいと思うのだけど、何も言うことはなくて、私たちは通り一遍の会話をするけれども、きっと分かっているとも、また分からないのかもしれないとも思って、夢中でいる。

 

大人の男がみせるかわいさが好きだ。もちろんものとしては全然かわいいわけじゃないのかもしれないけど、彼のあの常に甘やかされることを求めてるような、でも全然素直ではなくてむしろびしっと決めた感じでいて、実際にしっかりやっているのだけどでも全部はにじみ出ていて、それを苦手だという女性も確かにいるし敵も少なくはないのだけれど、それが彼の孤独だから壁の前でマイクを持って歌っているその人はその人の魅力で輝いていて、隣から何か言われると首を少し縮めてくすぐったそうな仕草で笑い、そうやってからかわれることが本気には悔しいから後で何か思ったことを言うかもしれないけれど、少なくとも今みている僕はくすぐったい気がして笑ってしまう。

 

彼は誘いをかけるとどこまでもついてきて、決して断るということがなかった。どんどんついていくことで、何か危険なことにでも巻き込まれたいと望んでいるかのようだった。彼は僕のことをちょっといかれた危ないやつだと脚色しているところがあると思っていたし、何よりそんな人間らしい口ぶりで話そうとし続けてきたのは僕がやってきたことなのだが、彼が目を細めて何か深層的なものを見極めようと黙っているかのような時に、自分が示してきた態度とともに、ほんの少し演出が過剰になりつつあるその瞬間が疎ましくもなった。もちろんそんなことは起こりはしないのだけれど、それでも危険を望んで深入りすることを彼が望んでいる傾きは場に確かに影響していて、僕たちの話題はドストエフスキーの地下室風になりつつあるが、そんな真剣さも馬鹿馬鹿しくて、投げやりなことばかり言って笑う。夜中の新宿でアフリカの太鼓を叩きまくっているレゲエヘアの男がいて、人は終電のためにどんどん交差点を渡っていて、僕は面白い、必要なことは少しも言えていないと思うけれど、こういうことが心情の吐露と感じたりするのだろうか、向こうだけそう思っていて、ほんとはこっちが口を聞けずにいたと思っていることもしばしば起こるけれど、今回はそういうわけでもなく、信号機がちかちかして、太鼓の変拍子なアップビートを背中に受けて、赤い信号をみながら僕たちは待つ。

 

そんなことのあった次の日にこそものすごく憂鬱になった。たぶんそうしてフラストレーションの所在を感じるからなのだろう。僕はいつになく喋り喋った。そしてその瞬間にはヘンリーミラーのようなかがやきわたる眩しい饒舌だとぼんやり感じているのだ。熱中して話すことは音楽やセックスに確かに似ている、なんて思う、だけどそう思う権利が僕のどこを探してあるのだろう。またそれも馬鹿らしい戯言のように感じてくる、すべて話したことが後から。調子に乗りすぎたのだ。酔ってはめを外してとんでもないことになった次の朝よりも内に入り込む度合いは強い。もうどうしようもなくつらくなる。何もかも切ってしまいたくなるのだが、何週間かするとまた彼に連絡した。

 

俺は傷ついている、だめになっている、怠けている、疲れ切っている、消耗し擦り切れている、痛みを押しつけている、自分の中心に向かって縮んで行っている、俺は思い出している、何も思い出していない、俺は避けている、ふさぎ込んでいる、気楽でいる、責任を逃れている、解放されている、死んでいる、死ぬことを思っている、ばらばらに、めちゃくちゃになっている、時には泣いている、またふざけている、叫び出すことはない、愚痴をこぼす、またこぼさない。どこにも行かない、また常にどこかへ行っている。想像している。遠くの場所、そしていつもここに同じ場所にいる。誰にも伝わらない。しかし伝えられないことは知られる。そして結論の出た話の結論にまた至りつく。全く違う仕方でまた同じ話に。その度に失望し、その度に有頂天になり、熱中して報告する。空がとても青い日は気持ちがいい。その気持ちのよさに十分に入っていけない。それはケガをしてるから、コンタクトをしてるから海で泳げないと言うのと同じように。でもとても嬉しい気持ちでいる、それは本当だ、想像の中で。すっかり満足しきっている、ここに立っているわたしは疲れ切っていて、これからどっさりと自室に倒れて無気力な夜を過ごすみたいなありようでも、確かに。そして物事はどんどん悪くなり、また狂おしいほどよくなっていくだろう。