海に一人で行くんだ

『海に一人で行くんだ』

 

静かな海の写真の音みたいな空でさ、

それは触発されるよな

 

つかれてコーヒーを買うとおまけについてくるみたいなノリで、

みたことないケモノがまた増えて

 

二重写しで思う遠くの土を踏む足に似合う靴で、

出かけたらもう戻ってこれないのにルール違反が常だから生活してるよね

 

ぬるすぎるから買って帰ったチョコレートのビニールの音の方に

やたらに嬉しさを感じるみたいな病んだ幸福さで

搔きむしるから喉と結露した窓がいっしょになって

懐かしいことばかりラジオの声で話すから嫌気がさして

 

海に一人で行くんだ

海に一人で行くんだ

 

それは

帽子もコートも財布もカメラもなく

うしろのポケットにひとさし指がすっぽり入る

穴が空いてるみたいなことで

 

うしろ手にドアをしめて

もうみえないしわからないし忘れるしかないけど

絶対前にはあった場所に

真っ赤なプレゼントが用意してあるみたいな

そんなことで

 

一瞬にしてまた忘れてしまうわけだ。

印象

ガラスの破片で、右腕を深く傷つける。あまりにもなめらかに切れるので、まるで腕が豆腐か何かのようだった。激しく血が流れ出し、どくどくと生温かく、ねばつく感触が伝わってくる。

耳元で、誰かがささやく声が聞こえる。貧血のように目の前が暗くなり、意識の失われる直前まで、左腕の痛みを感じていた。

その後、僕はある女性の膝の上に後頭部をのせて寝ており、左腕には少しの傷もなかった。しかし、痛みに似た違和感は残っており、傷跡を探すようにその箇所に僕は触れる。

レースカーテンごしに午前の穏やかな日ざしが流れ込んできており、のどかな休日といった感じだ。

上から女が僕を覗き込む。その顔は死人のように不気味に青ざめて、ほとんど黒いと言ってもいい。僕は驚いて逃げ出したくなるが、動くことができない。女は後ろから腕を差し出し、僕の左腕をつかむ。

腕からは再び血が流れ出している。僕はこのまま死んでいくのだろうと思う。

日記

ひらすら自分の考えを書いていく。この狂おしい気持ちを表現する。

 

生きざまを見せるしかない。脳内だけの夢幻の世界。自分でも訳の分からない思想。エモーション。異様な興奮。漠然とした、怖いような幸福感。

これでやっていくしかない。他の生き方などできるわけもない。他のことに関しては、自分で自分を信用できない。どんなことでも投げ出してしまうだろう。でも、作品をつくることだけはやめないだろう。

 

一体それで、何が問題だというのか?

 

何で苦しむかといえば、芸術ができていないから、の一点に尽きる。

一体、理屈の上で、他に苦しみの源泉があるとしたら何だろう。金がなくたっていい。人がいなくたっていい。他人の軽蔑はつらいな。僕は具体的な他人もこわく、また心の中にある一般的な他人もこわい。結構苦しめられている。それを掻き消すために走る。走りまくる。それですっかり健康体になってしまった。走るのはやめないだろう。不安はがんがん襲ってくる。それで身近な人を傷つけたり、人の不信をかったりしてしまう。でもしょうがない。そういう浮き沈みの中から書いていくしかない。畜生。クソみたいに重苦しい。哄笑。憂鬱の中から爆発する笑い。飲み屋で話しすぎて後悔すること。激しい二日酔いのような後悔。はあ、苦しい。本当は、前にも後ろにも進んじゃいないのだが。陽は燦々としている。めちゃくちゃ暑い。汗ぐっしょりになっている。知らず知らず、歩きすぎて。

 

決然とした、英雄めいた、何か真実を悟ったような、まるで別の人間、真実の人間になってはじめてこの地上に立ったというような、この気持ちは何だろう。ある種の文学では、しばしばこうした気持ちに出会う。名前のない感情。名づけ得ない感情。そういうことについて話すと、自分でも馬鹿らしくなるほど、話が抽象的になってしまう。それでも何か、あると思うな。

明らかに心に病を抱えている人が、大抵誰にも読まれない、ぶつ切れの日記のようなブログの中で、そんな感情を表現していると思うことが、何度かあった。

狂気が大事というわけではなく、重要なのは生きることで、こうした感情については、ねばり強く考えていくしかないのだと思う。健康を保ちながら。

喫茶店

早くから僕は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。その店には人がたくさんいたが、静かで落ち着いていた。男はすでに僕のテーブルにいて、こっちに向かって何かを話している。僕はその男が何のためにここへやってきたのか思い出せない。何かを売り込もうとしている? でも、僕が彼をここに呼んだのは明らかなようだ。始終にこやかで、すっかり僕の味方といった様子。僕も冗談を言って、大きな声で笑いこけたりしている。話していたのはものの30分くらいだろう。僕たちは反対方向に別れた。男はおしゃれだった。シャツやジャケットがどことなくぎらぎらしていて、後ろ姿もまたそうだった。

無題

 子どもの頃、コンビニでコアラのマーチを食べた。あとハロハロも食べた。冷房が効いていて涼しかった。窓の外は空気がゆらゆらするほど暑いのだった。自転車がいくつか立っていた。ハンドルもものすごく暑いだろう。

 

 部屋に子どもたちが一杯いて、みんなが同じ画面をみていた。ゲームをしているのだった。ラックの高いところから、ぬいぐるみのへびが尻尾をだらりと下げている。だいぶ前からそこにいる蛇なのだろうと思う。そして階段の下から誰かが上がってくる足音がする。裸足で歩くから、ぺたぺたと鳴っている。

 

 風呂に入っていた。湯船が波打って溢れ、タイルを打つ。蛇口からお湯が注ぎ込みつづけている。小さい窓の外は夜だった。僕は夜空の広がりを感じていた。小さい月がみえた。

 湯を浴びて出ていくと、テーブルに置いたままの給水塔から冷たい麦茶を飲んで、そばにあったちんすこうを一袋分齧った。カーテンの向こうは窓が開いていて、風がさらさら吹いている。外で猫が鳴いた。

 

 「いやだ、火葬されたくない」とその小さな男は言って、両腕で僕のことを打った。そんなことを言っても、あなたはもう死んでいるのだ、と僕は思う。男は驚くほど小さな棺に入れられ、火葬炉に飲み込まれた。飲み込むという表現がぴったりくるほど、あっという間に入っていった。僕は時計を見る。やつが灰になるのはすぐだ。しかし、それからまた俺のところへやってくるだろう。そして同じようにごねつづけるだろう。そう考えると、とてつもなく面倒で、徒労を感じた。気分転換に外へ出ると、ものすごく眩しく、暑く、木が青々として風に吹かれていた。

2018年6月23日の無題

 その日は一日中部屋で音楽を聴いていた。病気と疑われるほど暗くした部屋で。繰り返し聴いていたら、夕方になっていた。じっと籠っていたせいで感覚が変で、自分のことを幽霊みたいなだな、と思って川沿いの緑道を歩いていた。暮れていく空はこわいような赤だった。僕はこういう景色をこれからの人生で何度も思い出すんじゃないかな、と思った。そして彼女のことを思い出した。飛行場で大きな荷物に手をそえて立っている彼女。少年みたいな深い紺色のキャップをかぶっている。その帽子をはずすと、さらさらした髪を揺らす。僕の髪は固いからああはならないな。帽子をかぶっても形がつかないほど、しなやかな髪なのか。いや、待てよ、そもそもなぜ帽子をかぶっていたのか? 飛行機の中で帽子をかぶっているわけがないしな。考えていると笑えてきた。帽子を見せたかったんだろうか? すごく気に入ったから? それで帽子をずっと持って席に座っていたのだとしたら、あまりにもかわいい行動じゃないか。そうではないかもしれない。でもそうだったらいいな、と思った。そんなことを考えながらも、時折ひととすれ違う夕暮れの道を歩いていると、急に気分が塞いでくるのを感じるのだった。あんまりうじうじしてちゃいけないぜ、と自分に言うのだが……。それから家に帰ると家族は食事をすませて、母は台所で洗い物をしていた。兄弟たちはみんな自分の部屋に引っ込んでいるようだった。僕は中身の少なくなった大皿から肉じゃがをよそって食べる。頭が痛くなってくるほど憂鬱で、一体なぜなんだろうと思っていた。

詩『白い人が挨拶する…』

白い人が挨拶する

僕はほとりに立っている

ハープの音が聞こえたら

よく似た記憶を思い出す

 

暗闇から 手がはえ

誰かが録画をまき戻すような感じ

音のつぶれた呟き ぼそぼそした

回転する光

 

また明日のことを考えるのか

それとも昨日のことを

また白い人の立っているほとりで

病気の僕は嬉しい

 

それは幻のことでしょう と彼女は言う

まるで天気予報のうけ売りのよう

暗闇から手をはやすみたいな

流れ作業のような工程で

 

なるべく早くするのだと 白い人は言う

暗闇から手をはやすようなはやさで

呂律のまわらぬ 早口のようなはやさで

言うのだと あのときの誰かは言う

 

まるで過去の録画をまき戻すような

すべてが新しい発見で

夜のうちに芽ぶく草葉のように

僕は静謐で 暗く眩しい

 

光を一身に受ける記憶のような

幻のようだと君が言うような

明日の天気のようにあてにならないような

昨日の天気のように確実なような

 

さようなら と言うとき僕は手をふって

機械に任せきった時間に 白い旗を飾る

もう一度鏡が戻ってくる かつての輝きのように

病気の僕はあまりにも静かな時を思う

 

まるで夜のうちに消えてなくなるような

朝になればすべてがまたあるような

昔の人に再会するような

恐いような幸せなような

そんな気持ち