話にムダが多すぎると、一体何の話だかわからなくなる

それと同じように、

夾雑物が多すぎて、何か起きているのかわからなくなる

一本の筋をびしっと通して、
死に近いものを見たい

あなたが話すこと、それは完全なる虚無である

あなたが食べるもの、それは完全なる虚無である

あなたの生活、それは完全なる虚無である

喜びは完全なる虚無である、苦悩もまたそうである

太陽の光に脳を干し
雨の薄暗い部屋が宇宙に通じる

夢で心臓を突破られて死に、
夢を忘れて生きている

笑う、話す、食べる、歌う、苛ついて話す、新しいメニューを考える

すべてが虚無である
そしてカラッとしている
そんな気もする

説教くさいというのは、判断があるからだ。判断とは守るためにすることである。僕はもっとドライに行きたい。ほとんど虚無に近いほどドライに。現実性に対してノーガードで、それこそガラスの破片の上を転げまわるように、挑んでいきたい。愚かしい散文であり、無意味な散文であり、どこに至りつくか全くわからないのだが、妙に頭がスッとして冴えて、しかし見通せないほどぼんやりして、充実して虚無で、笑いと光に溢れ、非時間的である。

瞑想

電灯がつく。そこは真夜中の廊下だ。コンクリートが剥き出しになっている。ここは食堂がある大学の建物に似ているが、実際には地下の深いところにある。

その晩は風雨が激しく吹いていて、構内の木々は音を立てて揺れ、街灯の反射した水たまりの像を、絶え間ない雨粒が乱している。

地下では、それとは何の関わりもない。地上が晴れていようが、雨だろうが、夜だろうが、何一つ知ることはできない。もともと、じめじめと湿気ている。道の脇にはダンボールと、スチールの棚がある。

 

 

部屋中がピンクの照明に照らされている。男はソファに深く腰かけている。カラオケの画面が煌々と放つ光と、歌っている女の姿が目に入る。女が何を歌っているのかわからない。字幕の白い字が変に歪んで見える。

 

 

真っ青なソファが置かれた部屋。

 

 

ここは地下深くなのだが、嘘のように広い土地に一面、背の高い草や花々が茂っている。どこからか、人工的に作られた生ぬるい風が吹き、草花を波打たせる。天井は始まる前のプラネタリウムのように、のっぺりしたオレンジ色に光っていて、夕暮れ時を思わせる。子供たちは、まるで本当の自然の中にいるかのように、草の影に隠れ、虫を追いかけたりして、この時間に夢中になっている。

男は疲れを感じて、空間の隅に置かれていたベンチに腰かける。見上げると、丸い天井の端に、ブツブツと穴の空いた、スピーカーのようなものがある

 

 

それは昔読んだ絵本の中にあったシーンなのか、風雨の吹きまくる闇の中で、父親に抱きしめられた女の子が泣いている。女の子は死んでしまう家族や、父親のために泣いている。一体、何のシーンだったか、忘れてしまった。